ある光

今日は朝から社内政治と戦っていた。私は社員でもないのに営業会議に出席して、営業報告をしなければならない。当然のことながらコンペでどういう反応だったかも報告したが、どうやら私たちがクライアントに気に入られていてクライアントは私たちの意見しか聞く耳を持たなかったような報告が保身しか考えない上司によってなされたようだ。その報告自体クライアントに対して失礼だし、私が正しい報告をして好評価を得たことに関しては却ってお前らがクライアントに愛されているから話を聞いてもらえるんだろうとけなされる始末。クライアントに愛されて何が悪いというのだろう。そもそもコンペの目的は仕事をとることで敵は社外にいるのに、なぜクライアントに好評価を得たことで非難されなければいけないのだろう。

常務には相当反論はした。正直常務の意見にはすべて賛成しかねないが、後で常務に生意気なことを申し上げて失礼致しました、ただ私は蔭で姑息なことはしたくなかったと伝えたら、常務は制作畑なので気にしてなかった。むしろ制作においては上司も部下もないから堂々と言いたいことを言えば良いとおっしゃっていた。 堂々と意見を言える関係はまだ健全である。厄介なのは常務の回りのイエスマンや常務に責められないようにしようと姑息な根回しをしている上司たち。自分のプライドを守るのに必死で他者の反論をシャットアウトしてしまい、イエスマンだけで固めてしまう上司。彼らが会社をダメにしているのである。

ランチで先輩のマリさんに私たちの言い合いで会議が終わってしまったことを謝ったら、私は社員じゃないから好き勝手なことをまだ言えるけど、マリさんはマリさんで他人事ではなかったらしい。特にマリさんの場合は姑息な上司と一番やりとりが多く、ここで人間関係がダメになったら仕事にならないという。結局信頼できる上司なんてものはいないとつくづく思った次第である。

ただ営業先で世話になっているSさんたちにこの話をしたら、私も他人事ではないと言われ、まあ社内政治というものはどこにもつきものなんだなあとつくづく思う。

そんな中でカナダ大使館の高円宮記念ギャラリーにて開催されていたフランク・グリスデール写真展が今日までということで観に行く。
http://www.international.gc.ca/missions/japan-japon/events-evenements/gallery-20090526-galerie-jpn.asp

フランク・グリスデールはカナダのアルバータ州を拠点に活動している写真家なので農村や自然の風景を撮っているのだが、複数の写真を合成したり、ソフトフォーカスを過度に使っているユニークな写真でどんな手法を使ったのか想像つかない。抽象画のように思える写真もあれば、アンドリュー・ワイエスを彷彿とさせる静謐な描写もあり、またターナーを彷彿とさせる激しい描写もあり、非常に絵画に近い感じがした。そんな中に麦の穂を低い位置で捉えて逆光が当たった写真が大好きだったテレンス・マリックの映画『天国の日々』の農村風景を思い起こさせた。


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『天国の日々』は季節労働者の兄妹と兄の恋人たちが、身体の弱い地主が兄の彼女の方に恋をしたから地主と結婚を薦めて彼女の兄と妹と偽って定住しようとする。やがて悲劇が訪れるのだが日が落ちてからの20分間のマジックアワーと呼ばれる時間に撮影された農村風景が美しく寓話のようであった。こんな映画はもう2度と撮れない。これはネストール・アルメンドロスという天才カメラマンしか撮れない映像である。

美しいものを見ると救われる気持ちである。それは美しい光といって良いかもしれない。

今日は久しぶりにバリニーズアロマテラピーマッサージに行き、オプションでハーブテントに入った。ハーブテントに入りながら自分のどこが疲れているのだろうかと最近は発汗の量で推測するようになった。初めは額と胸、頭皮は以前ほどではないが、やがて全身が発汗。どうやら私は疲れきっていたらしい。疲れた身体をほぐしてもらって家路についた。

今、私はかなり弱っている。ただ私は私の仕事をしなければいけないから気持ちが折れないようにブレないように最近は祈るような気持ちで毎日を生きている。

かくして今日は光に関する写真を見て、また光をめぐる映画に関する考察をしたので今日のBGMは小沢健二の「ある光」。極めて今の私の心境に近い一曲である。そういえば大学時代はよく小沢健二に似ていると言われたなあ(笑)。

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