清水邦夫作、蜷川幸雄演出「雨の夏、三十人のジュリエットが還ってきた」@シアターコクーン

どんなに忙しい時でも刺激というものは必要である。今年の1月31日も教育映画のクランクイン間近で翌日リハーサルがあるというのに彩の国さいたま劇場まで蜷川幸雄演出のシェークスピア劇「冬物語」を観に行き、世の中には素晴らしいものがたくさんあると感動で涙を流したものである。「冬物語」自体が大好きな作品で、罪深き人間が運命のいたずらによって奇跡がもたらされ、救われるという内容と、羊飼いたちの牧歌的な雰囲気など大らかな要素も捨てがたい。ただセットが多少歌舞伎的に平面で、昨年観た「お気に召すまま」の森のような立体感がないこと、奥行きのあるさいたま劇場を使っているのに平面的な舞台装置はもったいない気がしたので、スタンディング・オベーションはしなかった。

今はさほど忙しくはないものの、そういう時こそ様々なものをインプットしておきたいと思い、mixiで行けなくなった方にチケットを安く譲って頂いたので、清水邦夫と蜷川幸雄のゴールデンコンビにより「雨の夏、三十人のジュリエットたちが還ってきた」を観に行った。

タイトルがまず素敵だが、出演する役者陣も鳳蘭、古谷一行、中川安奈、毬谷友子、真琴つばさ、三田和代、ウエンツ瑛士など豪華である。

私は演劇鑑賞は素人だが、清水邦夫の作品は新しいものと忘れさられるものの相克、忘れ去られるものの夢や幻影への執着を時代と共に描いてきたように思う。

この作品は戦時中、日本海に沿った小さな都市に彗星のように登場し、一瞬で消えた幻の少女歌劇団があった。ところが空襲によって歌劇団は消滅した。40年後、あるデパートの閉店後、毎日大の男たちが女装し、「ロミオとジュリエット」を演じている。ジュリエットを演じるのは歌劇団の娘役のスター、風吹景子。彼女は歌劇団が亡くなったことと自分の老いというのを受け入れられない。その彼女を経済的に身体的に支えるために、かつて歌劇団の熱心なファンであった“バラ戦士の会”のメンバーたちが彼女の夢を叶えるために毎晩芝居の相手をするのだが、大の男の女装にも限界があり、また風吹景子はかつてゴールデンコンビと謳われた男役のスター弥生俊を待ち続けている。そこで新聞広告でかつての少女歌劇団のメンバーを招集する。そしてかつてのメンバーで「ロミオとジュリエット」を再演しようとする。弥生俊も遅れて現れるのだが、妹に連れられ、サングラスで目を隠している…。

歌姫役の鞠谷友子さんの歌も素晴らしく、また初めは冷やかに見ていた振付師の中川安奈さんの演技もキビキビしていてカッコ良かった。

ウエンツ瑛士は出番は少ないが、初めはバラ戦士の会を冷やかに見ていた若者役。やがて熱に巻き込まれる役どころで、女装姿で登場するサービスカットもある。

弥生俊役を演じるのはかつての宝塚の大スター鳳蘭。出番は決して多くはないのだが、登場すると圧倒的に場をさらっていき、彼女が演じる俊が待たれていたスターであることに説得力を与えている。鳳蘭さんは存在からして神々しく、人間であることを超越しているようで、生きているうちの彼女の御姿を拝見できて良かったとつくづく思う。

結末は劇中の「ロミオとジュリエット」と現実がやがて重なっていく構成となっていく。この辺りの流れが本当に素晴らしい。またセットもデパートと歌劇団特有の階段という上下移動を活かしたものになっていて、立体感がある。

劇が終わった後に流れるのはザ・タイマーズの「デイ・ドリーム・ビリーバー」。奇しくも忌野清四郎が亡くなった時期と公演が重なっているが、清四郎が亡くなる前からこの曲を流すことは決まっていたという。

「ずっと夢をみて安心してた~ずっと夢みさせてくれてありがとう」という歌詞は正にこの作品の内容と重なっている。劇の感動と清四郎さんの歌声が重なって、最後にはスタンディング・オベーションになった。

非常にゴージャスで素晴らしい舞台だった。夢を見て、夢に執着することの幸福と切なさを存分に描いている深い内容だった。セリフの一つ一つの意味合いも深い。「ロミオとジュリエット」の中で「死んだふりして生きていましょう」というセリフの後に景子は「私は生きているふりして死んでいる」と言う。彼女は夢にすがりついているようで、現実の自分の老いを分かっている。それでも夢を見ずにはいられない、そんな悲哀が描かれていた。深い世界をもっと知りたいので本当はもう一度観たいのだが、とりあえず戯曲を今度買おうと思っている。

演劇の素晴らしさを堪能すると同時にもっと感動を創出する仕事をしなければいけないと思った一日であった。

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