極悪人は誰もいなくても生きていけないこともある 山本美希「ハウアーユー?」

今年発売されたマンガの単行本の中では男の女の性差の問題を意欲的に描いた鳥飼茜「先生の白い嘘」、画力に際立っている中田春彌「Levius」などに注目した。

特に中田春彌さんの場合先日マルイシティ渋谷の中のヴィレッジヴァンガード店でのIKKI関連のイベントで下描きなしで「Levius」の世界をライブドローイングで描いていたのを目の当たりにして驚いた。

マンガにおける絵の上手さというのは絵がきれいだとかそういうのとは別次元でものを語るのに必要なタッチの絵だったり余白の配置の計算があって、先月号のCocohanaに掲載されていたくらもちふさこさんの「花に染む」は神がかりであった。正直「asエリス」という作品の意図は上手くいっていなかったように私は思ったのだが、くらもちふさこさんの偉大さは自己模倣をせず、作品ごとに常に新しい技法を試みている点にある。

最近読んだマンガではデビュー作「Sunny sunny Ann」で衝撃のデビューを飾った山本美希さんの「ハウアーユー?」はここ数年読んだマンガの中でダントツで素晴らしかった。

ハウアーユー? (FEELコミックス)
祥伝社
2014-09-08
山本美希

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幸せそうな家庭を営んでいたように見えた外国人妻のリサが静かに壊れていく課程を、彼女に憧れている近所の中学1年生ナツミの視線で描いた作品で、誰が悪いわけではないし、原因は複合的な要素があったのだろうけれど一人の女性が徐々にバランスを失っていくプロセスを丹念に描いている。悲劇的な話でありながらどこか叙情性を感じさせるのはナツミの目線で語られているからだと思う。テレンス・マリックの映画「天国の日々」が悲劇でありながらどこか寓話的であるのにも似ている。この映画も少女のモノローグで季節労働者の悲哀とそこから逃げようとして農場主と兄の恋人を結びつけようとする打算と、やがて起こる悲劇が語られる。

あとこの作品を読んでジョン・カサベテス監督の「こわれゆく女」や「ラブ・ストリームス」といった作品も思い起こさせた。ジーナ・デイヴィス演じるヒロインはごく普通の家庭の主婦で普通に家族を愛したいだけなのだが、その愛情が過剰すぎてバランスを崩していく。

「ハウアーユー?」におけるリサも旦那さんがいて娘がいて庭の手入れもする金髪の美しい女性だった。ただ高校生の娘にとって美しすぎて愛情あふれる母はやや煙たい存在で、母と同じ金髪が嫌で髪の毛を黒く染めたりしている点がさりげなく描かれてもいる。

絵に描いたような幸福な家庭は旦那さんの失踪をきっかけに崩れていく。警察に言ってもなかなか取り合ってもらえないし、それまであまり気にしていなかった日本語が読めないことが夫の行方を心配するリサに徐々に疎外感を抱かせる。娘にも構う余裕もなく、娘はそんな母親を直視するのがつらくて家に不在がちである。夫から手紙が来るのではないかというリサが唯一つながりを持つのは彼女に憧れて郵便物を渡す係を引き受けたナツミである。

ナツミのリサへの憧れというのもまた過剰である。彼女はリサの金髪のカーリーヘアに憧れていたものの、母の意向でいつもおかっぱ頭である。母は共働きで不在しがち。娘と距離を感じるリサはナツミを可愛がり、彼女の髪を三つ編みに結ってあげる。その行為がナツミは大好きで、リサのために何かすることが大好きだったが、彼女がリサのためだと思ってとる行動は却ってリサを追い詰めもする。

「ハウアーユー?」というタイトルはナツミが中学1年の英語の授業で習う言葉だが、その受けの言葉として授業では「アイム・ファイン、サンキュー」としか教えず、ナツミはそうでない場合をなぜ授業で教えないのだろうと疑問を抱く。正に絶妙のタイトルである。

あとがきに作者の制作意図がズラリと書いてあるし、私もこのマンガを読んだ衝撃を上手く消化できずにいて敢えてブログで書く意味があるのだろうかとも思ったが、この作品は映像表現を意識して省略とクローズアップを利用したマンガ表現は非常に際立っている。山本美希さんのマンガを読んで島田虎之介さんを彷彿とさせる部分も感じたのだが、それは両者の作家性が類似しているというわけではなく、どちらも寡作で、トーンを使わず、マンガを描いたりストーリーを展開する際に映画的な表現を取り入れているといる。島田虎之介さんの新作も待っているが、山本美希さんも待つ価値のある作家である。

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