あだち充の作家性

今年あだち充の単行本「MIX」を読んで、一度自分の中であだち充論を一度整理して書かなければいけないと思ったのだが、先月号のダヴィンチであだち充特集を組まれた時に正直ヤラれたという気になった。ただざっと目を通してみると、あだち充のインタビューなどは興味深かったものの、とりあえず一度自分なりのビジョンであだち充について書いても良いかという気になった。


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あだち充は私の世代では男女問わず知らない人がいないくらいの人気マンガ家だった。もちろん私たちはなかよし/りぼんを経て、だいたい別冊マーガレットなどを読むような、少女マンガの王道路線は当然押さえていたのだけれど、それでも大抵みんなあだち充のマンガはなぜか読んでいた。認知度が高かったのは「陽あたり良好」がテレビドラマになったのも大きいけれど、実は「陽あたり良好」のマンガ自体は原作を読んでいる人はそれほど多くなかったと思う。ただ「みゆき」や「タッチ」になると、アニメ化になったこともあるが、知らぬ間に我が家に単行本が並んでいるくらいだった。そして「みゆき」のラストから2回目の回、「タッチ」のカっちゃんの死などは語り草になっているくらいである。

正直今、「みゆき」や「タッチ」を敢えて読み返そうという気にはならないのだが、その後もあだち充のマンガは「ラフ」にしても「H2」にしても何気に読んでいた。

ただあだち充を再評価すべきだと思ったのはヒット作とは言い難い「いつも美空」を仕事で読んだ時だった。この人の凄さは描線がシンプルで、背景に必要以上の要素を描かない。ただ必要な要素は丁寧に描く。そしてセリフもト書きも必要最小限にとどめている。いわゆる山田太一ドラマのシナリオにおける「・・・」という表記のような、無言だけど何か言いたげな表情をあだち充の主人公たちは浮かべているのだけれど、その無言が思わせぶりではなく、ちゃんと大勢の読者に主人公の感情が伝わっている。子供から大人まで男女問わず幅広い年齢層が無理なく重要できる物語の情報量を絶妙なバランスで配分している。これは最近ト書きやセリフが多くなり、文字数が過度に増えている昨今のマンガの傾向にあって、余白のとり方などは本当に素晴らしい技巧だと思った。

そしてあだち充はずっと少年マンガ家であり続けていて、それでいて女性読者も獲得している。30年以上マンガを描いていて、ずっと同じスタンスを続けていること自体が凄いことである。

もちろん時代も表現もどんどん変化してくる。たとえば私が憧れていたくらもちふさこのように、正直「asエリス」に関する私の評価は微妙なのだけれど、少女マンガで不器用な女の子の物語を常に新しいスタイルや表現で描くことで特異な作家性を築く人もいるのだが、あだち充は決して変わらないわけではないけれど、しっかり者の女の子がいて、理想的な男の子がいて、煩悩の持ち主の男の子がいて、それでも彼のマンガの世界は理不尽なことはあっても、健全であり続ける。どの物語もある結末には辿りつくけれど、でも結末の後にさらに健全な日常が継続していくことを示唆してもいる。何気ない日常の積み重ね、その些細なエピソードの積み重ねた先にドラマがあり、さらに物語が続きを示唆している。だから「MIX」が「タッチ」から26年後の明星学園を描くということで話題になるのは、あの先に物語があることをみんなが容易に想像できるし、期待してしまうからだと思う。

ただ私個人はそれほど「MIX」に期待を寄せているわけではない。しかしながら、やはり目は通しておかないといけないなと思った。

実はあだち充の作品では何気に「H2」が結構好きだったりする。そしてこれは何気に異色の作品だと思う。H2というのはピッチャーの国見比呂とライバルで親友の橘英雄の頭文字であり、比呂の幼なじみで英雄の彼女である雨宮ひかりと比呂のことが好きで彼女をライバル視している古賀春華のイニシャルもHである。この4人の微妙な四角関係のようでいながら、野球に関しては「タッチ」よりも濃密である。

あとこの作品は比呂の相棒の野田もさることながら、野球嫌いの柳校長と絵が上手くて好守の癒し系・柳、お調子者・木根などサブキャラクターが魅力的である。

比呂は中学生の頃は小さくて、幼なじみでしっかり者のひかりとは姉と弟みたいな関係で、英雄は中学1年の時からひかりが好きで、親友の比呂が2人の仲を取り持ったことからつき合い出すのだが、この関係に変化が生じるのは比呂の身長がひかりを追いぬかした時。比呂は事情があって別の高校に進学して英雄とは野球でもライバルになるし、英雄はどこかで自分が出し抜いてひかりとつき合ってしまった負い目があって、一度はひかりにどちらか選ぶように言ったりする。ただ幼なじみの幸福な時代はひかりのお母さんが亡くなった時点で既に終焉を迎えたとは思う。ひかりの母は小さい頃から比呂がずっとヒーローになると信じ続けていて、比呂がお母さんが亡くなって気丈に振る舞うひかりを連れ出してキャッチボールをするシーンが一番好きである。

クライマックスは比呂と英雄の対決シーンなのだけれど、結果は結構ほろ苦い。あくまで幸福な少年時代の終焉というのを決定づけるものだった。だから「タッチ」にその後はあっても「H2」に続きはないと思う。

この記事へのコメント

まりこんぐ
2013年02月07日 21:47
ひさしぶりです。
あだち充好きです。毎回顔が同じじゃね?と
おもいつつ、なんか読んじゃうんですよね~。ラフとH2が特に好きですね。
なんか水泳する人っていいかも?と変な幻想に取り付かれて競泳とかチェック
してた時期があります。
あとボクシングのも何年か前に漫画喫茶で一気読みしました。
そして都合が悪くなると作者が出てきてつじつまあわせしたりするところが
以外にツボだったりします。
miporing
2013年02月07日 23:14
まりこんぐさん、久しぶりです。
コメントありがとうございます。
ある意味同じ顔ということはそれだけ絵も世界観も確立されているのだと思います。
あとずっと少年マンガを描き続けるというのは
せちがらい現代にあって非常にむずかしいことなのですが
それを敢えてやっているところがすごいと思います。

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