アサイーの女

最近仕事で初対面の人の名前を覚える時にはどうしているのかと聞かれた。

よく打ちあわせで名刺に日付を書く人を見かける。何月何日のどの打ちあわせで会ったのかがわかるように整理している人は結構いるようである。中には打ちあわせの後で名刺の裏かどこかに「メガネ」などその人の容姿などの特徴を付記している人もいた。よく似顔絵や写真入りの名刺を持ち歩く人もいるけれど、あれは顔と名前を覚えてもらうには良いのかもしれない。私は自分の顔があまり好きではないけれど、岩岡ヒサエのマンガに出てくる人に似ていると言われ、岩岡ヒサエの絵は大好きだから、岩岡ヒサエさんに似顔絵を書いて頂けるならイラスト入り名刺を作成して持ち歩きたいという野望はある。以前新幹線で隣に座ったイスラエル人のディレクターの名刺は英語とアラブ系の文字が入っていて、独特の絵柄が入っていて面白かった。一度はちゃんとした名刺を作ってみたい。

ただ名刺にはたいてい肩書きがある。私の場合は節操なく仕事をし過ぎて何を肩書きにしたら良いかわからなくなってきている。

以前お世話になった女性放送作家が某大御所放送作家の方とお仕事をされた時にその方の肩書きがなくてカッコ良いと言っていた。肩書きがないということは、名前だけで通用する証拠だというのがその理由だったが、現にその大御所は放送作家、脚本家、プロデュース、コンサルティングなど多岐に渡って活動の幅を広げている。

ただ人の名前を覚える時はその人の特徴的な言動からあだ名をつけたりする。かつて私が占いの待ち合いスペースで出くわした自分がGカップだと吹聴していた女性は“Gカップの女”と名づけたように。また早稲田大学の総長だった奥島孝康が早稲田出身者を“ワセダニアン”と言って、私も含めた周囲から顰蹙を買ったのだが、この人も名前よりは“あのワセダニアン”と言われることが多い。

ところで私はよく近くのセブンイレブンでよくアサイーエナジーが売っているので買うのだが、最近週に1回は大量に買い込む人がいるらしく、棚からアサイ―エナジーがなくなる時もある。お店の人と話したところ、どうやらこの近辺は健康に感心があったり、仕事をたくさんしている人が多いようだと話していた。余談ながら最近フルッタフルッタのアサイ―エナジーが売り切れになるのを4回も見かけていて、アサイーブームは半端ないとつくづく感じている。私はコンビニの店員さんに毎日買いに来ますからちゃんと入荷してくださいねと声をかけたのだが、今日もその人と顔を合わせて挨拶をした。多分私は“アサイ―の女”として認知されているのだろうなと思った。もっともアサイ―関係の団体がアサイ―を愛飲している有名人をベスト・アサイーニストとして表彰してはいるらしいのだけれど。

私が最近セブンイレブン同様に行くのは上島珈琲店で、お店の人とはすっかり顔なじみである。そして私の顔を見ると「今日はアイスコーヒーにしますか、カモミール紅茶にしますか」と私のいつも頼むメニューまで把握されているのだが、多分ここでは私は“アイスコーヒーの女、時々カモミール紅茶を頼む人”として認知されているのらしい。私たちは何気に人に行動や特徴を見られている。日々恥ずかしくないように行動しなければいけないとつくづく思う。

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