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<<   作成日時 : 2012/01/02 04:52   >>

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私は映像制作でここ5、6年ほどエネルギーに関する映像の制作に関わってきた。当初は新エネルギーに関して某国立大学の名誉教授のもとへ水素エネルギーに関して何カ月も通いつめたり、海外のエネルギー政策にかんしても取材をした。ただそのときにリーダーと意見が対立したのは新エネルギー、再生可能エネルギーが代替エネルギーとなることは不可能ではないかということだった。

スコットランドのエネルギー担当の方と話をした時に私は初めて自然エネルギーというのも無限のようでいて風が強くないと機能しなかったり、太陽光の太陽の光が強いことで初めて資源としてなりたつわけで、そのような自然資源ということを抜きに新エネルギーを語ることはできず、日本という国は風も波力も恵まれていない現実を知った。

スコットランドは5年前の時点で国の電力の20%を再生可能エネルギーでまかなっていたのだが、その理由は水が豊富で水力発電がさかんだったこと、北海は風が強く、波力発電に必要な激しい波が存在することなどもあるが、何より人口が少ないので電力消費量が少ないのが大きい。しかしそれ以前に北海油田が枯渇した英国では発電所の老朽化もあるが、それにともなってどうやって自国でエネルギーを賄うかが問題とされ、さらに発電所ではなく小さいエネルギーを発電できるシステムというのを重要視していて、そういったエネルギーの一例として日本の企業の開発した技術を実証実験していたりもしていた。いずれにせよ英国は本気で再生可能エネルギーに取り組んでいたが、日本は技術はあってもインフラはどうする、効率はどうする、電力会社とのやりとりが面倒ということで一向に再生可能エネルギーを取り入れる姿勢が見られなかった。

その後私は企業向けのPVやウェブコンテンツなどで電気会社と仕事をしたことがあるが、当時は京都議定書のCO2排出の問題と石油の代替エネルギーに関する問題の解決策として原子力発電の利用は免れられないという意見が多かった。

PVの中でもスタイリストやヘアメイク、美術、キャストオーディションをできるような予算のあるような作品のスポンサーは決まって電力会社だった。また若者向けのショートムービーを企画したこともあった。ちょっとしたシリーズもののラブストーリーで、非常に好評ではあったのだが、最終的に原子力広報になればお金は出るよと言われ、ラブストーリーと原子力広報がどう結びつけるのか途方に暮れているうちに、別の企画が動いて放置状態になってしまった。

私が関わったのは次世代向けの教育コンテンツであり、中学校の理科の授業で新しく取り入れられる放射線の世界を扱っていたが、これはある意味電力会社や国を挙げての原子力の広報であった事実は否めない。

ただ放射線とは自然界にあるもので、レントゲンにしてもマリー・キュリーにしても放射性物質の持つ特性を研究し、人類に役立てたいと思い、特許をとらなかった。そのことで多くの人が放射線を使った治療を享受でき、マリー・キュリーは多くの人に感謝された。

ウランというのも本来は非常に効率の良くエネルギーが作れる物質として歓迎されたのだと思う。しかし多くの電気を賄えるということはそれだけ多くの熱を発しているのである。この辺のウランの矛盾というのを萩尾望都先生は月刊Flowersで「ウラノス伯爵」と題したブラックコメディで鋭く描いている。既に大御所である萩尾先生が311以降の今という時代を反映した作品を描き続けていることに心から敬意を表する。

昨年の初めもエネルギー関連の仕事をしていたが、雇われた会社からは労働に見合う賃金が支払われてない割には、嫌みをさんざん言われてウンザリしていた。ほぼその仕事が完成に近かった時に旅番組のディレクションを引き受けた。

2011年3月11日東日本大震災で東京でも大きな揺れを感じ、帰宅難民や音信不通の中、私は翌日から撮影する旅番組のロケで島根に前のりして打ち合わせをしていた。地震の揺れは全く感じなかったが、地震を知ったのは取材相手の方の携帯にお姉さまから無事の連絡が入ったからである。そしてその後で会う予定だった方と携帯電話で連絡がとれなかったことから事の重大さを知ったのだった。結局ロケは中止となった。

私は直接的に何の被害も受けなかった。ただこの時期にちょうど電力会社の仕事とは縁がなくなり、旅番組の方はすぐにロケを再開し、どうにか形になったものの、予定していた構成から大きく離れてしまい、プロデューサーにはあまり良い評価をいただけなかった。そして福島の原発事故を見て、原子力広報に直接的ではないにせよ関わっていた自分は明らかに加害者の方だと思った。ただ放射線に関する誤った知識が多く、これらは修正されなければいけないと思ったこと、原子力発電を止めた場合の代替エネルギーをどうすべきなのかを考えると私はむやみやたらに原発反対とは言えなかった。浜岡のような地震がいつ起こってもおかしくないところに原発を建設したのは大いに問題はある。ただ原発が止まった場合に代替エネルギー政策を考えられるのか、どうするのが最善の策なのだろうかと私は考える。

その後私は原発危機に関する番組の英語版を数多く作った。私自身が直接的な被害はなかったものの、私の中では大きな変化があった。失ったものもあれば得たものもあったが、どうにかフリーランスでも途切れることなく仕事ができて良かったと思うし、結果として電力会社との仕事は縁が切れたが、かといって自分が直接的にではないにせよ放射線に関するPVを作ったことで原子力広報に関わっていたという事実は変わらないので、この先何か人の役に立つことをしていくことで贖罪しなければならないし、そのことは年を跨いで私の宿題として残っていく。

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火力発電にしろ原子力発電にしろ、いまだ水を沸騰させて蒸気を作り、その蒸気の力でタービンを回して発電する仕組みを採用しています。蒸気の力を利用する点で、ワットらの考案から何ら進歩していないとも言えましょう。そしてこれがエネルギー効率の良い方法かといえば、沸騰・蒸気の若干の冷却・タービン羽根を押す・タービン軸の回転・磁石とコイルによる発電と、エネルギーが消費されるポイントが発電までに多くあり、(他によい方法があるかどうかは別にして)効率の良い方法とは言えないようです。送電の際に起こるロスの削減とともに、この問題も、代替エネルギーを考えるときに取り組まなければならないことだと思います。

それにしても、電力エネルギーを切り詰めることで生活が不自由で不便になることに、我々は耐えられるのでしょうか。悲観的に考えています。
gleek
2012/01/06 20:06
gleekさん、いつもコメントいただき、ありがとうございます。

人類が電気を使い始めた頃からエネルギーの消費量が急速に上がり、やがてエネルギー問題、資源問題が起こってきたんですよね。

ただ以前六本木のスタジオで深夜2時に完成した映像素材を翌朝の第一便の福岡行きの飛行機に乗って福岡まで納品しなければならないことがあって、六本木を歩いていたら、六本木ヒルズが煌々と明るくて夜の闇というものがないことが不健康に思えました。必要な電力はあると思いますが、閉店の店のショーウィンドーを照らすための電力は無駄なので、そういうのを排除することで少しでも電力消費を減らしていくことから始めないとダメだと思います。

あと反原発を主張するのは簡単ですが、ヨーロッパの人のように再生可能エネルギーのような効率の悪い電力を使うことで高い電気代を払う覚悟があるのか、電気についてもっともっと考えることが大事だと思います。

もっともヨーロッパは電力が自由化されているので一概に比較はできませんけどね。結局日本では電力会社以外の会社が発電を手掛けることは難しいようで、電力会社の寡占の弊害というのも今回の大惨事の一因だと私は思います。
miporing
2012/01/06 20:30

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